ぼくが居た研究室の教授が
非常に興味深い人だった。
前話した通り
実験の第一人者から計算化学への転身。
既に、教授なわけだし
その時点でそのまま実験の道を進んでいても
なんら困ることは無いはずなのに
(触媒の実験なら今でも全然重要テーマだし
その頃もその道に何ら不安要素は無かったはず)
敢えて、新しい道
それも険しい道なき道を歩き始める。
そうですね、
先生について具体的に書くと
熱く夢を語って
大きな風呂敷を広げて
じゃ、○○君あとはよろしく!
って感じで学生にぶん投げてくるw
みんな先生に呼ばれると
戦々恐々としてましたねw
ああいうタイプがTopだと
周りは付いて行くのが大変です。
でも、そういう人が
世界を切り開いてきたのも事実。
だから、ぼくは先生が大好きだった。
本当、研究を生業に考えてたら
一生付いて行ってもいいと思ってた。
ただ、ぼくは研究と言う道は
ぼくの道じゃないと思っていたので
院にも行かずに就職した。
(院試に落ちたことは内緒w)
卒業後もちょくちょく研究室から
連絡があったり、同窓会的なものもあったりで
その後の話を聞いたのですが
計算化学は究極に行き着くと
理論を検討する部分とソフトを作る部分に分かれる。
研究室本来の目的は理論の検討なので
ソフトの部分は1,2年生を200人近くバイトで雇い
ソフトを作らせて見て、
数ヶ月サイクルで評価→振り落とし
優秀なソフトエンジニアの卵の
上澄みだけを贅沢に使って廻していたらしい。
もう、この時点で
一般的な大学教授の発想じゃないですよねw
まあ、1、2年しか使えないけど
学生なら毎年新しいのが大量に入ってくる。
その中の一番優秀なやつだけを使う。
20代が一番使えるソフト業界の企業として見ると
理想的な形だと思います。
使えるまでの教育費がと思うかもしれないですが
そこは大学の教育機関としての役割を考えれば
別にコストと見なくてもいいですしw
そして、その前に
先生はその原資となる部分を
企業との共同研究で賄っていた。
それも尋常じゃない額を。
これも働くのは学生。
コストはほとんどゼロですから
一件数百~数千万円の企業との共同研究を
凄い数こなしてました。
正直、そもそも先生は
なんで教授になんかなったんだろうって
不思議に思っていました。
会社やってりゃでっけー会社になってただろうにと。
大学発のベンチャー企業って
今話題ですが、
大学に居ながら莫大稼ぐ研究室もある。
面白いですよね!
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