未知を既知にすることに人はエネルギーを割く。
大学などで、研究に没頭してる人たちが居ますよね?
足のつま先から頭のてっぺんまで資本主義に侵されてると
彼らのモチベーションが何なのか不思議でしょうがなかった。
しかし、彼らもまた、未知を既知にするために
活動をしている。
それも、かなり高次の未知ですよ。
人類がまだ解明してない未知に
取り組んでいるわけですから。
そういう高次の未知を既知にする瞬間は
通常の「未知を既知」よりもより強い快感を得られるのでしょうかw
自分にはその性行が無いのでわかりませんが。
一方で、眼の前の快楽に身を委ねてしまい
だいぶ自堕落な人が居ますよね。
お酒や、お薬、ギャンブルや、その他
様々な人間の欲求に従って動く人たち。
彼らもまた、未知を既知にするために
活動をしている。
要は、
「今まで自分が感じたことの無い、より強い快楽を感じる自分」
という未知を追い求めている。
この辺も、またより強い快楽を求める傾向に
拍車が掛かりやすいですよね。
体感するまでもない。
そして、パンピーな自分
最近、ぼくが感じる
「未知を既知」体験ですが
子供が成長していく過程を見るのが楽しいのです。
一番上が就職したり
一番下が大学に行ったり
「子供を社会人にさせることが出来た父親」
「一番下の子が大学に入って、子供がほぼ全員成人した父親」
そりゃあもう、いろんな未知を既知にしている。
意外と、自分の心で大きかったのは
「子供が社会人になって一つ大きな荷が肩から下りた父親」
これは個人的には大きかった。
長かったし、大変だった。
本当に嬉しくて、感無量って感じ。
この辺、世の中ではあまり語られないけど
当人になるとまじで気持ちが軽くなるのを感じた。
あ~、なんか●●はプライスレスみたいなのって
全部「未知を既知」で表現できるんじゃなかろうか。
ありがとうございます。